”温泉教授”の毎日が温泉

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”温泉教授”の毎日が温泉 第76回 ”三途の川”の向こうにある、霊場恐山の霊泉(その3)

温泉の生命線は科学的に‶効く”源泉かけ流し  大正13(1939)年、田名部の円通寺から発行された『奥州南部恐山写真帖』に当時の温泉分析表、効能、温泉療養に関する注意などが記載されているところ...
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”温泉教授”の毎日が温泉 第75回 ”三途の川”の向こうにある、霊場恐山の霊泉(その2)

俗界と霊界のわかれ‶冷水”で口をすすぐ  霊場恐山へのアクセスはふつう、南のむつ市経由で車かJR大湊線下北駅からバスで向かう。今回は私も、むつ市街地から車で北上するルートをたどった。 冷水峠に...
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”温泉教授”の毎日が温泉 第74回 ”三途の川”の向こうにある、霊場恐山の霊泉(その1)

薬研温泉から恐山へ、下北半島の温泉巡り  先だって古書店で、珍しい『奥州南部恐山写真帖』を入手した。写真帖といっても、大正13(1938)年に地元青森県田部町の円通寺で発行されたものだから、現...
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”温泉教授”の毎日が温泉 第73回 幕末の風雲児、坂本龍馬の”日本初の新婚旅行”の行き先は霧島の温泉だった(その4)

栄之尾温泉は薩摩藩第12代藩主、島津忠義の有名な湯治場で、現在も石垣などの本陣遺構が見られる(撮影:松田忠徳)  10年ほど前に「霧島いわさきホテル」の敷地内にある、薩摩藩12代藩主、島津忠義...
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”温泉教授”の毎日が温泉 第72回 幕末の風雲児、坂本龍馬の”日本初の新婚旅行”の行き先は霧島の温泉だった(その3)

戊辰戦争の傷病兵を癒した傷の名湯、塩浸温泉 新婚旅行で龍馬とおりょうが湯治をしたと言われる野天の湯壺(風呂)。現在は使用できない(撮影:松田忠徳)  すでにふれたように、龍馬、おりょうが...
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”温泉教授”の毎日が温泉 第71回 幕末の風雲児、坂本龍馬の”日本初の新婚旅行”の行き先は霧島の温泉だった(その2)

回廊式日本庭園、長州藩士ゆかりの「松田屋ホテル」 湯田温泉(山口県)を代表する老舗温泉旅館「松田屋ホテル」の玄関先(撮影:松田忠徳)  温泉通の西郷隆盛に対して、もう一方の坂本龍馬は四国...
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”温泉教授”の毎日が温泉 第70回 幕末の風雲児、坂本龍馬の”日本初の新婚旅行”の行き先は霧島の温泉だった(その1)

霧島国際ホテルの営業終了で思い返す坂本龍馬 塩浸温泉(鹿児島県・霧島市)が坂本龍馬とおりょうの日本初の新婚旅行の地、新婚の湯であることを伝える看板(撮影:松田忠徳)  令和3年1月31日...
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”温泉教授”の毎日が温泉 第69回 昼間でも氷点下の支笏湖畔で浸かった丸駒の天然の湯に、全身の細胞が覚醒した(下)

私が"源泉かけ流し"にこだわる理由 日本人にとって桜の花は。、五感を本来の姿に修正してくれる最たるものの一つだろう。於、北湯沢温泉(撮影:松田忠徳)  現代人の感性のもととなる五感ー。聴...
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”温泉教授”の毎日が温泉 第68回 昼間でも氷点下の支笏湖畔で浸かった丸駒の天然の湯に、全身の細胞が覚醒した(上)

コロナ禍のなか、温泉で見かける若い世代  正月三が日に初湯というのが温泉街に生まれ育った私のこれまでの習わしだったが、今年はコロナ禍のために控えて、初湯は5日までずれ込んだ。 令和3年の初湯は...
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”温泉教授”の毎日が温泉 第67回 国立温泉博物館の設立を! 温泉資料収集者たちの無念

昭和の内科医のバイブルを記した西川義方博士 通称「青本」と呼ばれ、大正時代から昭和50年代まで半世紀以上にわたって内科医のバイブルであった『内科診療の実際』。絶版となった昭和50(1975)年...
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