かなりの温泉マニアの方でも、「温泉」と「鉱泉」の区別を説明できる人はそういないのではないかと思われます。鉱泉を「泉温の低い温泉」と理解している人がほとんどではないかと思われます。
これまで宇田川榕菴の温泉化学を中心に彼の”偉才”ぶりを紹介してきました。第16話で触れたように「温泉」という漢字は奈良時代の書物に出てきますが、現代のように「おんせん」とは読まず、「ゆ」と読み、「をんせん」と発音されるようになったのは16世紀頃からと推測され、江戸時代には「ゆ」と「をんせん」が混在していたと思われます。
温泉に代わる漢字として「湯泉」も平安時代の辞書『倭名類聚抄』に出てきますが、中国由来の「温泉」が使われ続けてきたことは周知のとおりです。藤堂明保・加納善光編の『学研新漢和大字典』では、温泉の字句の解釈は「地中からわき出た、あたたかい水」としています。
〝抗酸化力〟に優れた泉温14度の温泉がある
「温泉(をんせん)」という用語が定着しつつある江戸後期に、榕菴は「鉱泉」というそれまでわが国で使用されていなかった化学用語を導入します。
彼が『舎密開宗』外篇で、「温泉」に代わって「鉱泉」という用語で統一する姿勢を貫いたのは、わが国最初の”化学者”としての矜持(きょうじ)からに他ならないと思われます。先に漢和大字典で見たように、「温泉」の字句の解釈は「地中からわき出た、あたたかい水」ですが、榕菴は化学者として、あたたかい水でも、その”水質”に着眼したわけです。