温泉健康楽 第11回 「 裸の付合いは日本人の原点 」

 江戸時代の戯作者として知られる式亭三馬(1776~1822)の代表作『浮世風呂』に、こんな条(くだり)があります。
 「・・・湯を浴びんとて裸形(はだか)になるは、天地自然の道理、釈迦も孔子も於三(おさん)も権助も生まれたままの容(すがた)にて、惜い欲いも西の海、さらりの無欲の形なり」
 大意を要約すると、「風呂に入るために裸になれば、高名な人や金持ちも貧乏人も皆同じ、無欲の姿でいられるのだ」といったところでしょうか。
 『浮世風呂』は江戸の銭湯の風俗を、庶民の言葉でおもしろおかしく語った滑稽本ですが、この一文ほど日本の温泉文化、入浴文化を端的に表しているものはないのではないかと思います。
 温泉に行き、手ぬぐい一本の姿になれば、肩書きも身分も分からなくなります。三馬が生きた江戸時代には、銭湯も温泉場も混浴が当たり前でした。そこでは、男女の隔たりすら気にならなくなる。だから肩の力が抜け、疲れがとれるのです。
 普段肩を怒らせている人も、逆に自信を無くしている人も、裸になればそう大差はないでしょう。温泉では本来の自分に戻ることができるのです。

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