”温泉教授”の毎日が温泉 第4回 過ぎたる〝欲湯〟は慎むべし!

仲洞爺温泉「来夢人の家」(撮影:松田忠徳)

 久しぶりに仲洞爺温泉に浸かった。平日の昼下がりで、案の定空いていた。
 1人420円の入浴料を払い休憩室に向かう。20畳以上の大広間で伴侶と2人でTVを見ながら、持参した弁当を食べる。座布団、毛布付きだから湯上がりに寝転ぶこともできる。
 週末を除いて利用者のほとんどが地元住民で、時折、札幌や室蘭方面から来た営業マンがひと風呂浴びていく程度ののどかな温泉である。1日に30人も利用するのだろうか? 遠来の入浴客は安い料金でホンモノの湯にほぼ貸し切り状態で入れることを考えると、「入れていただく」という姿勢になるというもの。ありがたい。
 伴侶は「空いている内にゆっくり入りたいわ」と、奥の浴場へ向かった。ややあって私も浴場に向かう。洞爺湖を望む贅沢な立地である。総アカマツ材造りの吹き抜けの浴舎に温度差をつけた大小2つの浴槽。15人は優に入れそうだが、多いときでも3、4人しか居合わせたことがない。
 先客が上がった。1人になった私はいつものように湯桶を枕にして、浴槽の縁に寝た。湯量が多く、源泉かけ流しなので、仰向けに寝た背の下をあつ目の湯がどんどん流れていく。その心地よさ! 時は実にゆったりと刻まれてゆく。都会とは別のここだけの時を刻んでいるかのように。素朴な幸せに、日本の豊かさを実感する瞬間でもある。
 1時間余で風呂から上がった。伴侶が先に休憩室で汗を流しながら待っていた。「もう1度入るの?」と私。ここへ来る前に家内は「2度は入りたい」と意気込んでいたからである。
 「ここの湯はホンモノだから、湯力があってもう入れない」。その通りなのだ。最近、立て続けにマガイモノの温泉に浸かったので、伴侶もホンモノの凄さに驚いているようだ。
 今日は時間もたっぷりとあるので、休憩後また入ることもできる。もちろん1度の入浴料で。北海道はおおらかだから再度入浴料を徴収することはない。でも、1度の入浴で十分に効いた。
 ”欲湯”はむしろ体に負担となる。来夢人(きたむんど)の湯はパワーがあり過ぎる。江戸時代の文献を読むと、欲湯を戒めている。「過ぎたるは猶及ばざる如し」である。十分に満足だ。
 「いい湯だったわ~」と、伴侶はいつものように受付に声をかけた。「また来てください~」と、受付のおばさんの明るい声が返ってきた。温泉を取り巻く庶民文化はまだ豊かである。

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