温泉を、極める! 第8回 入浴を忘れた日本人

体温を重視しない我が国の現代医学

銀婚湯温泉(北海道)大浴場「こもれびの湯」の露天風呂の湯口。あぁ~、癒やされる(撮影:松田忠徳)

 近年、35度台の”低体温”の日本人がふえています。かつて勤務していた大学の学生たちに、「平熱が35度台の人は?」と尋ねると、かなりの人数の手が上がり、驚いたものです。
 日本人の平均体温は36.5度と言われていますが、現在ではもっと下がり36度台前半ではないかと推測しています。特に若い女性の低体温化が進んでいるとの印象があります。36.0度前後の若い人が増えていると―。夏になり、コロナウイルスに感染する20~30代の若い人が急増したことと、若い人の低体温は決して無関係ではないでしょう。
 実際には日本では近年、平均体温の調査が行われたという話は聞いていませんし、そのような記録も目にしていません。1957年に実施された10~50代の調査記録が残されていて、その時の平均体温は36.8度もあった。60年以上も前のデータです。ですから昔は37度前後が一般的だったということです。近年のわが国の現代医療は、どうも体温を重視していないようです。

36.5度以上で風邪、ウイルスに抵抗できる

 基礎体温を知っているのは女性だけというのであれば、自分の健康に無関心と言われても仕方がないと思われます。それくらい自分の健康のバロメーターを知るうえで、体温は基本です。「体重より、体温を計れ」という”優れた”医師も最近います。患者の基礎体温が低ければ、せっかくの治療も効きにくいことを身にしみて知っているのでしょう。
 体温が36.5度以上あれば風邪やインフルエンザ、ウイルス等に抵抗できる免疫力があると言われています。がん細胞がもっとも活発になるのは体温が35度の時と言われます。この 体温では免疫力が働かないためです。
 日本人は2人に1人ががんに罹患しています。毎年、新たに100万人以上ががんに罹患していますが、心臓がんというのを耳にしたことはありませんよね? 心臓は他の臓器より温度が高いからです。脾臓もそうです。逆に乳房ががんに罹りやすいわけはお分かりですね。突起していて冷えやすいですから。

心身のストレスが低体温の原因になる

十津川温泉郷(奈良県)の玉置(たまき)神社。日本人には癒やされる風景だ。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に含まれ、平安時代には熊野三山の奥の院と称せられた。1076メートルの霊峰玉置山の山頂付近、樹齢3000年の神代杉の森に鎮座する(撮影:松田忠徳)

 戦後、低体温の日本人が増えてきたのは、明らかに食生活の激変だと考えられます。男女ともに大腸がんが急増しているのは周知の通りです。肉食を始め動物性たんぱく質に代表される食生活が、アメリカ化する一方であることが指摘されています。片や日本人の野菜の摂取量は年々減少の一途をたどり、肉食文化のアメリカ人よりも少なくなっています。

 また睡眠不足を始めとした不規則な生活や、食品添加物を含め、身の回りの有害な化学物質も体温低化の原因と考えられます。温泉で言えば、同じ湯を何度も何日も使い回す循環方式の風呂には塩素系薬剤が使用されており、これも有害な化学物質の最たるものです。

鮎の塩焼き(十津川温泉郷「吉乃屋」)。食事、特に日本人と歴史的かかわりの深い鮎はリラックスでき副交感神経は優位になり、免疫力が高まる(撮影:松田忠徳)

 ストレスも、有害な化学物質同様に血流を悪くし、体温低下の原因となります。安保徹教授の免疫理論によると、心と体にストレスがかかることで自律神経のバランスが乱れ、発病するといいます。免疫力が低下するためです。ストレスが長期間続くことで、交感神経が優位の緊張状態に陥り、白血球の機能が低下する。免疫系の主役である白血球をコントロールするのは自律神経でした。

湯船でのリラックス効果が免疫力を高める

 戦後の低体温化は、入浴をシャワーだけですませる日本人、とくに子供や若い人にその傾向が強いことを指摘しておこうと思います。いいえ、都市部を中心に、もっぱらシャワーしかしない中高年も増えていることが、様々なデータで報告されています。忙しいためでしょうが、夕食前に浴槽に浸かる日本人の伝統的な習慣は、仕事モードをオフに切り替え、リラックスモードをオンにする優れて科学的なものだったと、私は高く評価しています。
 湯に浸かると血流量が増え、新陳代謝を促す。もちろん体温も上昇する。温かい湯船でのリラックス効果は副交感神経を優位にし、免疫力も高まります。仕事の疲れもとれます。これが日本人が培ってきた、じつに合理的で贅沢至極な”入浴文化”というものなのです。「急がば回れ」とはよく言ったものですね。
 シャワーは汚れを効率的に洗い流すツールで、体温は下がります。しっかりデトックス(解毒)もできません。湯船にどっぷりと浸かる日本式全身浴は健康維持に欠かせないものだったのです。

なんといっても体温を上げる”特効薬”は、鮮度抜群の「源泉かけ流し」の山の出湯(いでゆ)だ。日本人ならつい笑みがこぼれるというもの。於、十津川温泉郷「吉乃屋」(撮影:松田忠徳)

1週間湯治すると体温が1度上がる

 体温を1度アップさせると、免疫力が5、6倍に上がり、逆に1度下がると30%以上ダウンすることが分かっています。著書『病気にならない生き方』(2005年)がミリオンセラーになった医学者、米国アルバート・アインシュタイン医科大学の新谷(しんや)弘実教授は、1度どころか「体温が0.5度下がると、エンザイムの不活性により、免疫力が35%低下する」と述べています。エンザイムとは「酵素」のことです。
 私の周りでもがんになった人たちは、急激に体温が低下し、34度台、35度台前半になったと口をそろえて言います。冷えはがんなどの重篤な病気の原因ともなります。もちろん免疫 力が低下するためでした。
 風邪のウイルスやがん細胞とたたかう白血球(の中の”リンパ球”という細胞)は、内臓温度が37.2度以上で機能します。子供が発熱しやすいのは、ウイルスや病原菌に対する防御反応と考えることができます。体温を上げて免疫力を働かせようとするわけです。
 温泉入浴によって白血球の数や機能が適正になることと合わせて、先人が湯治という優れた科学的な予防医学を江戸時代から実践していたことが理解できたでしょうか。1週間湯治すると、優に1度体温をアップさせられます。特に免疫力が急激に低下する40代半ばを過ぎたら、和食中心の食生活と入浴、特に温泉浴、それに適度な運動(ウォーキング)が体温アップの一番の近道だと、永年実践してきた私はますます確信を強めています。

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