温泉を、極める! 第9回 西洋医学は病気を治す。温泉は体を直す

 奈良時代の天平5(733)年に書かれた『出雲国風土記』に次のような一節がある。

科学技術が発達するなか増える温泉施設

 「一たび濯(すす)けば形容端正(かたちきらきら)しく、再び浴(ゆあみ)すれば万(よろず)の病(やまい)悉(ことごと)く除(のぞ)こる(この温泉で一度洗えば容貌も美しくなり、重ねて洗えば万病すべて治癒してしまう)」
 今から1300年も昔に、温泉の本質をこのように適切に表現した、日本人の先人の温泉に対する感性の鋭さには率直に驚かざるを得ない。
 西洋医学や薬学が発達した現代では、温泉に「万病すべて治癒してしまう」ことを期待する人々はそういないと思われる。ただ、クローン人間すら生み出せるほど人類は科学技術を発達させてきたにもかかわらず、日本では温泉の数は減るどころか、なおも増加してきたことは興味深い。現在では三大都市圏を中心に温泉施設は増加の一途をたどっている。今後はアジア諸国でも温泉開発は急速に進むものと思われる。

本来ある姿、心身に戻してくれる温泉

 日本人は西洋医学は万能ではないことにうすうす気づいている。欧米ではもっと早くに気づいていて、漢方や鍼灸など、東洋医学に代表される伝統医学などの代替医療費の方が西洋医療費を上回っている。片や先進国の中では日本はもっとも西洋医学に依存しきっている感は否めない。毎年40兆円を超える医療費の大半は西洋医療費なのだ。
 もちろん現代は即効性のある薬や医療のなかった奈良時代ではないので、私自身は温泉の役割を”予防医学”と位置づけ、積極的に活用してきた。病気になりにくい体、ウイルス等に簡単に感染しない体、即ち免疫力、自然治癒力を活用できる体をつくるためであった。そのために、和食を中心とした食生活を意識することも心がけてきた。
 確認しておきたいことは、コロナウイルスに感染したプロスポーツ選手が続出した例からもお分かりのように、運動で鍛えた強靱な肉体と免疫力は相関関係にないということである。過度な運動は免疫力を低下させることは、すでにずいぶん前から常識なのだから。
 「西洋医学は病気を治す。温泉は心と体を直す」―。即ち温泉は本来あるべき姿、心身に戻す。これが私の持論である。

〝治療より予防〟を教えてくれるがんの増加

 過去30年間に医師の数は2倍以上に増え、現在では32万人を超え、なおも増え続けている。一方、がんの死亡者も2倍以上に増え、年間37万人台で、こちらもなおも増え続けている。医師の増加だけでは、がんの死亡者減に繋がっていないことを直視する必要がある。
 がんの罹患者に至っては毎年新たに100万人以にのぼる。国民の2人に1人はがんに罹患し、3人に1人はがんで死亡している現状を直視すると、治療よりむしろ予防がより優先されなければならない。賢明な日本人はこの現実を肝に銘じておくべきだろう。
 だが、残念なことにそのような動きは、この国にはないようだ。象徴的なことは喫煙者をまるで目の敵にでもしているような風潮だ。仮にこの国で喫煙者が10%程度に減少したら、肺がんの罹患者、死亡者は劇的に減少するのだろうか?

喫煙者は減少、肺がん患者は横ばいの現実

 実は日本人の喫煙率は年々減少しているにもかかわらず、肺がん患者は減らない。男性の喫煙率は平成元(1989)年の55.3%から平成30(2018)年には29.0%に大幅に減少している。女性は9.4%から8.1%と僅かながら減少している。男女合計で17.8%だ。
 ところがこの間も肺がんによる死亡者の絶対数は増加している。「部位別のがん死亡者」を見ると、肺がんは男女合計で1位、肺がんの罹患者は男女合計で3位と多い。
 先に見たように過去30年間に喫煙率は劇的に減少したにもかかわらず、肺がんの罹患者は男性は横ばい傾向、女性は増加傾向にある。肺がんの原因をもっぱら喫煙に求め続けるのは時代錯誤と考えるほうが賢明なのだ。早く頭の回路を切り替えなければ、喫煙をしていないのに肺がんに罹りショックを受けかねない時代にすでに突入しているということなのだ。
 かつて日本人にはほとんど見られなかった大腸がんによる死亡者は、今や女性の「部位別がん死亡」の1位、男性の3位を占めている。これは日本人の食生活が短期間のうちに劇的に変化したことによるものとしか説明できない。そう、肉食、乳製品である。罹患者数では男性の3位、女性は乳がんに続く2位を占める。

がんに罹らないようにするための発想の転換

 がんに罹り苦しむのは国ではなく、自分自身と家族であることを考えると、「日頃から罹らないように努力すること」が求められる。新型コロナウイルスとは違い、感染症ではなく、がんは私たち自身の毎日の生活の積み重ねが原因の”生活習慣病”なのだから。
 西洋医学は基本的に早期発見の病気は治せるが、慢性化した病気は治せない。わが国で急増中の糖尿病も慢性病化しては治癒は難しい。高血圧症ひとつ、薬だけでは治せないことを認識すべきだ。
 当然のことだが西洋医学はがんになりにくい体にはしてくれないということを、戦後70年間、西洋医学一辺倒だった日本人はもう気づいてもいいのではないだろうか。発想の転換が必要だ。このままでは寝たきり予備軍が増え続けるだけに違いない。

「備えあれば憂いなし」は健康を指す言葉

 コロナ禍で、「治療薬がない! ワクチンがない!」と右往左往していることからも分かるように、現代医学、即ち西洋医学の本質は予防医学ではなく、”治療医学”である。薬がなければお手上げなのである。決定的な治療薬やワクチンが開発されるまでの間、私たちは自分の免疫力の活性の高低に生死を委ねている。奈良時代と基本的には違わない。
 「備えあれば憂い無し」という格言は、財産や防災のことばかりを指すのではなく、それよりも優先される健康を指すことを肝に銘じなければならないだろう。
 現代の医師は病気の専門家であって、健康の専門家ではないことを認識しておかなければならない。健康の専門家は自分自身であることを肝に銘じておきたい。
 私自身はこれまで、温泉を免疫力を高めるために、つまり健康を維持するために使ってきた。健康は毎日の食生活と生活習慣のなかでつくり上げてきた。もっとも意識してきたことは安易に病院に近づかないようにすることであった。理由は”薬依存症”に陥らないためだ。

〝湯治〟が〝予防医学〟であることを立証

 温泉街で生まれ育ったということもあり、温泉が”産湯”だったから、もともと温泉は大好きだった。いつしかその好きな温泉が、健康維持のために大いに役立っていることを意識し始め、それが確信に変わるに至った。
 だから幸いコロナ禍のなかでも動じることはまったくない。なぜなら私たちの先人たちが1000年以上前から行ってきた”湯治”は、医学が未発達の時代には病院の代わりだったが、同時に優れた”予防医学”の場でもあったと立証するに至ったからだ。私どもが行ってきた650人を超える入浴モニターによる科学的な実証実験の結果によって。
 但し誤解しないでいただきたいことは、私が現代医学を否定している訳では「これっぽっちもない」ということだ。事実、私の身内には現代医学や先端再生医学の医師、研究者が数人いる。
 常日頃の健康維持は食生活、生活習慣、思考方法、そして切り札としての温泉浴、飲泉、これらを”予防医学”として捉え、「老いには克てず病気になった暁には最先端の医学を活用したい」というのが私のスタンスなのである。

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました