いい温泉に浸かると、思わず眠くなるもの
雑誌や新聞のインタビューでよく、「いい温泉の条件は何ですか?」と聞かれます。
私は決まって、「眠くなる温泉です」と答えてきました。
鹿児島の温泉へ行くと、湯船の傍らに横になれる台までついた、至れり尽くせりの浴場を見かけることがあります。信州にも小谷(おたり)温泉という古湯があり、そこの創業江戸時代の老舗「山田旅館」などには、湯船の脇が一段高くなっていて、横になるためのマットが敷かれていました。昔の温泉場はこれが普通でした。
いい温泉に浸かると、心の力みも肩の力も抜けて、思わず眠くなるのがごく自然だったからです。
昨今の温泉は同じ湯を何度も何日も使い回す濾過・循環風呂がふえて湯質が悪くなったせいか、あるいは入浴客が日常と同じように遠くの温泉場に出向いてまで身体を洗い流すことに汲々(きゅうきゅう)としているせいか分かりませんが、かつては風呂場は寝る場でもあったことを忘れてしまったようです。
もちろん台が無くても寝ることはできます。
産湯が温泉で、温泉街の混浴の共同湯を揺りかご代わりに育ったせいか、私の”温泉DNA”は、いい温泉に巡り合うと、自然と心身の力が抜け、無防備となり眠くなります。そんなとき私は、横になりながら時々湯桶で湯船からお湯をすくい、身体の上ににかけて温まります。