湯に向き合い、湯に専念することが湯治の極み
たとえば、重曹泉(ナトリウム-炭酸水素塩泉)が美肌づくりにいいからといって、誰にでも同じような効果があるとはかぎりません。
人それぞれ、体質など個性があるからです。そればかりか、温泉一つひとつにも個性があります。「温泉とは優れて個性的なものである」ということを、覚えておいてください。
たとえば、毎分4000リットル以上の湯が噴出する草津温泉の‶湯畑”。強酸性で硫黄分の豊富なこの湯も、泉源(湯畑)から50メートル離れた旅館の浴槽に入るのと、500メートル離れた旅館の浴槽に入るのでは、微妙に成分が変わります。
500メートル先では空気にふれる時間がそれだけ長いため、温泉の老化(酸化)が進み、ガスも抜けるためです。同じ泉源でもこのように違います。ましてや、たとえ同じ泉質の温泉地であっても、泉源が異なれば、地下をくぐり抜けてくる間の含有成分の割合が微妙に異なって当然です。
別の言い方をすると、温泉は生命力(活性力)をもったれっきとした生きものだということです。私たちが浸かる温泉は世界にふたつとしてない、と考えてもいいでしょう。さまざまな温泉地で入浴し、その個性の違いを知って自分に合う湯を探すのも温泉旅行や湯治の楽しみであり、また温泉を極めるうえでもっとも大切なことになります。湯との相性です。
ですから、いくつもの温泉を巡ったり、友人の紹介などで相性のいい、まさに自分の肌に合う温泉を見つけることこそ、‶温泉道”の極み、湯治のスタートとなります。湯治とは心を洗うかのようにひたすら湯に向き合うこと、湯に専念することです。無我の境地で―。