”温泉教授”の毎日が温泉 第14回 「日式」で進むか?台湾ブーム

 台湾の温泉事情をかいつまんで話したい。
 出版物などを見ると、台湾では15年ほど前に”温泉ブーム”が起きたようだ。2000年代のはじめに温泉案内の単行本やムック本が立て続けに刊行されており、私も当時のものを十数冊もっている。ただ最近は現地の温泉本の刊行物はめっきり減り、代わりに日本の温泉案内本がずいぶん出版されるようになった。私の本も3,4冊、翻訳出版されているほどだ。
 何せ人口2300万人の台湾から、毎年日本に450万人も訪れているのである。訪日経験が4,5回の人は珍しくない。私が北海道の温泉で出合った台湾人などは、北海道だけで15回目になると笑っていた。自然が雄大で、食べ物が美味しく、温泉の数が多く廻り尽くせないというのだ。
 台湾人が温泉を知るようになったのは1895年から、終戦直後の1945年までの50年にわたる日本統治時代であった。現在も台湾を代表する温泉地の大半は日本人が開発したものである。

台湾の日式温泉の代表格公衆浴場「瀧乃湯」(男性風呂)(撮影:松田忠徳)

 元々はもっぱら日本人が入浴するためで、『日本温泉案内(西部篇)』、『温泉案内』など昭和初期に日本で出版されたほとんどの温泉ガイド本には、満州や朝鮮半島の温泉と並んで、台湾の温泉地もかなり詳しく紹介されている。文豪・田山花袋の有名な『温泉巡り』にも出てくる。
 日本が台湾から撤退した後、温泉は急に廃れたようだ。第2次大戦後に中国本土から渡ってきた新移民”外省人”(その200年前の中国清の時代の福建省や広東省にルーツをもつ人を”台湾本省人”と呼ぶ)は、人前で裸になる習慣がなかった。その後、生活が豊かになるにつれて徐々に温泉浴を楽しむ人たちがふえてきた。しかし、戦前の日本の影響が色濃く残された温泉施設を除いてはほとんどが水着着用の混浴浴場か個室風呂であった。
 ところがここ10年ほど前から台湾人の訪日旅行ブームの影響からに違いないが、大浴場でも男女別で裸で入る施設がふえてきた。これを”日式”という。
 これには台湾に日本人旅行者を呼び寄せたいとの思いも見え隠れする。10年ほど前から中国本土からの観光客が急増していたが、3年前に台湾で政権が交代してから、今度は激減したからである。観光業者が悲鳴を上げるのも無理からぬことだ。
 目下、若い人たちを中心に日本人の台湾旅行ブームである。それでも200万人そこそこなのだ。そんな折、和倉温泉の加賀屋に続いて、今年6月には軽井沢の星野リゾートが台中の谷関温泉に進出したことが追い風になるとよいのだが-。

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