温泉健康楽 第16回 「 覚悟の選択 」

 札幌駅から車で50分の渓谷に湯煙を上げる定山渓温泉。私のぎっくり腰を治してくれたのは、大型ホテルが居並ぶ温泉街の中では小ぢんまりとした30室に満たない小規模ホテルです。
 しかし、源泉100%かけ流しの湯がすこぶるいいのです。年間150万前後もの人々が宿泊する定山渓で、1、2を争う温泉の質だと私は評価しています。
 そして何より私の身体に良く効く、言い換えれば相性のいい湯で、極度の疲れを感じたときなどに足を向ける切り札の温泉だったのです。絶対の信頼を置いています。「主治湯」と称する程なのです。
 また、「風邪気味だなあ」と感じた時には、定山渓温泉の奥にある豊平峡温泉という日帰り入浴施設もよく利用します。189万都市・札幌には場違いとさえ思えるバラック風の質素な外見。ところがそこには、地下からの湧き立ての湯が惜しげもなくかけ流されているのです。

 温泉成分が堆積したひなびた内風呂、そして一度に200人は入れそうな庭園露天風呂には、それぞれ専用の源泉が引かれて毎分200リットルもの温泉があふれ、その湯はそのまま捨てているという贅沢さです。軽いのどの痛みなどを覚えたとき、含食塩重曹泉に浸かれば、免疫力が高まって、ほとんどの場合、快復してしまいます。
 こういう話をすると、「松田は温泉を専門にしているから、温泉地の近くに住んでいるから、そんなことができるのだ」と思われるかもしれません。確かに車を飛ばせば10分程度の所に住んでいるわけですから、まさに日常的に温泉に浸かりに行くことができます(現実には時間がなくて困っているのですが)。
 しかしこれは、温泉のパワーをもらうために私自身が意識して、またそのための経済的な負担も覚悟して便利な都心から移り住んできたからなのです。
 現在住んでいる札幌市郊外に越してくる5年前までは、都心の大通り公園まで7分、札幌駅まで10分の平岸に住んでいました。
 最寄の地下鉄の駅まで徒歩1分、半径200メートル以内に病院や大型スーパーが複数あり、繁華街ススキノからもタクシーで10分以内という至極便利なマンションです。しかも、私の勤務する大学までもマイカーで10分強余り。まさに一等地でした。
 ところが、利便性がいい反面、交通の激しい幹線道路に面し、商店やマンションが密集していて空気が悪い。東京、大阪といった都市圏にお住まいの読者の方から見れば、何を大げさなと思われるほどの環境かもしれませんが、それでも北海道ならではの二重のサッシ窓をすり抜けて、粉塵やら煤煙が忍び込み、年に3、4回洗濯してもカーテンは真っ黒の状態でした。利便性を取るか健康を取るか─。結論は、著しく不便だが温泉の近くへの脱出でした。

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