”温泉教授”の毎日が温泉 第66回 本にも意志がある?蔵書印から垣間見えた、漂流する幻の古書『日本温泉獨案内』

『日本温泉獨案内』の表紙に押された大きな蔵書印

 『日本温泉獨案内』を入手にしてから、1か月ほど経過して妙なことに気づいた。いつもPCのキーボードの傍らにこの幻の書を置き、時折眺めながら原稿を書いていたのだ。

表紙に「木暮金太夫所蔵」の大きな蔵書印が押印された明治12(1879)年刊行の『日本温泉獨案内』。保護用のパラフィン紙がかけられている(松田忠徳・所蔵)

 当初、特段気にも留めていなかったのだが、表紙にかなり大きめの蔵書印が押されていた。「貴重な古書に、なぜこんなばかでかい蔵書印を押したのか?」ぐらいにしか思わなかった。目障りな蔵書印だったが、遂に入手できた満足感の方が上回っていたのである。ところがその文字をよく見ると、「小暮金太夫所蔵」とある。
 40年も前に本好きの仲間が、私のために立派な蔵書印を手作りしてプレゼントしてくれたものを大切に保管しているが、蔵書印を押印する習慣はないまま今日に至っている。だから温泉関係の本を含め6万点ほどの書籍を所蔵しているが、私は蔵書に蔵書印を押印する気持ちはよく理解できない点もある。むしろ蔵書票を貼る方がおしゃれだし、貴重な書籍を汚さないで済むとも考えている。だから時折、誰か素敵な蔵書票を作ってくれる版画家に出合えないものかと思いを巡らすことはある。
 それでも今回のケースのように貴重な古書の表紙に押印することは珍しいことではないか。貴重な蔵書を汚す行為と思える。この本の所蔵者はそのようなことは些細なことだと考えていたのだろうか。同時に同じ業者から入手した『日本温泉考』の表紙にも、こちらは少し小さ目だが同じく蔵書印が押されていた。さらに奥付の裏にも、『日本温泉獨案内』と同じ大きな蔵書印が押されていた。奥付の裏だけで十分ではなかったのかと残念に思う。

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