
日本人と健康の現状を忌憚なく話したい。
第1章では温泉の話は出てこないが、日本人の「"攻めの健康"と温泉の活用」を考えるうえで必要なことと思われるので、お付き合いを願いたい。
わが国が世界トップ級の”長寿国”であることを知らない日本人はいないだろう。なかにはこのことにプレッシャーを感じている人もいるかも知れない。それほど日本という国は、”平均寿命の高さ”を誇示し続けてきたようにも思われる。
平成26(2014)年の日本人の平均寿命は、女性は86.83歳で世界1位、男性は80.50歳で3位。厚生労働省によると、「医療技術が進歩すれば、さらに平均寿命が延びる余地がある」という。
1.定年後、温泉、ゴルフ、旅行は僅か5、6年しか楽しめない 、”不健康”な日本人!
日本人の”健康寿命”は男性71歳、女性74歳!
ところが日本人の”世界一の長寿”を手放しで喜ぶわけにはいかない。その陰には日本人は平均9年(男性)から、13年近く(女性)も寝たきりや長期介護の末に亡くなる、という衝撃の事実があるからだ。介護を受けずに生活できる日本人の”健康寿命”は、男性で71.19歳、女性で74.21歳(【表1-1】2013年)なのだ。
平成12(2000)年にWHO(世界保健機構)が打ち出した概念”健康寿命”とは、「介護を受けたり、寝たきりにならないで健康的に生活できる期間」のことを指す。つまり平均寿命と健康寿命の差は、「日常生活に制限のある”不健康な期間”」を意味する。40年以上会社務めで晴れて65歳でリタイアの男性。「あとはゴルフ三昧!」と思いしや、それが僅か5、6年程度でしかないとしたら、衝撃である。

65歳でリタイアするとして、長い人生のなかでようやく会社や仕事、息子や娘のことなどを心配することなく、夫婦2人での”遊び”の期間が訪れる。人生の成果、集大成の期間だ。豪華客船による世界一周、世界遺産を巡る旅、海外スティ、温泉旅行、ゴルフ三昧、、、。人それぞれに働きながら、リタイア後の人生を描いてきた。それが本当に実現できるか否かは、じつは”健康寿命”次第なのだ。しかも日本人の平均寿命と健康寿命の差は徐々に拡大してきた。そう、介護、寝たきり期間が延びているのである。
”健康寿命”は聞き慣れない言葉だったから、「そんな人生が待ち受けていたのか」と、リタイア後の”自由な期間”の短さにショックを受けた方も少なくないに違いない。若いときに”健康管理”という言葉は耳にしていたが、医療が発達し、平均寿命が年々延びるなかで、具体的にその中身を考えることはなかった、というのが正直なところだろう。
現在まだ若い人や40代のバリバリの現役にとっても、”生活の質(QOL=クオリティ・オブ・ライフ)”が、リタイア後の人生を決する、長い人生の成果を決するといっても過言ではない。平均で70歳そこそこで介護、寝たきりでは、楽しみにしていた”遊びの期間”はどうなるのか。家族のために、そしてリタイア後の”悠々自適な余生”を豊かに過ごすために、必死になって働いてきた真面目な日本人は多い。
”生活の質”とは、持ち家があるとか、老後のための預貯金があるとか、年金に不自由はないといった物質的な質ではなく、ふつうに健康であれば得られるはずの、精神的な満足度も含められる。
日本社会はどうもこの”健康寿命”によって得られる人生の完成期における満足度、充実度の尺度を軽視してきたようだ。ここにきてかつて日本がヨーロッパ諸国から”エコノミック・アニマル”と揶揄された真意が見えてきたような気がする。ひたすら、現代に至るまでなおも”量”を求め、”質”をないがしろにした。その象徴のひとつが、わが国の現代医療だ。治療という”量”をひたすら追求し、検査回数を、クスリの消費量を結果的には競ってきた。予防という”質”を軽視してきた。平均寿命という”量”を競い、健康寿命という”質”をないがしろにした結果が現状ともいえる。
厳しい財政状況が続くなか、医療費、介護費は右肩上がりに増え続けた。それが少子高齢社会の意味でもあった。国はここに来てようやく、「不健康な期間」を短くするように、との具体的な数値目標(2020年までに健康寿命を1歳以上延伸)を打ち出したが、遅きに失した感もないではない。出さないより出した方がいいレベルなのだ。なぜなら未だ”予防医学”、”予防医療”の真の施策を出せないからである。いつまでも”早期検診”、”早期発見”なのである。
仮に早期検診が決定打であれば、日本人の「不健康な期間」が男女平均で約11年もの長きにわたるとはとうてい考えられない。「具体的に病気になったら(対症療法で)治療する」を、早期検診で前倒ししただけなのだ。なぜなら病気が発見されても、すでに「なかなか治癒し難い時代」に突入しているからである。
たとえば日本人のダントツに死因の第1位(年間37万人台)を占めるがんの場合、現代医学が”早期発見”できるのは、直径1センチ前後にもなってからだ。この時すでにがん細胞は約10億個にまで増えてしまっている。偶然が重ならないかぎり、真の早期発見はないだろう。
自宅を”療養病床”へ
健康寿命を僅か1年延伸することが、どれだけ大変なことなのか。ましてや”クスリ依存症候群”の日本人の意識を変えるとなると、さらに難しそうだ。健康寿命のデータがある平成13(2001)年から平成25(2013)年の12年間の平均で、男性は年に0.149歳、女性は0.130歳しか延ばせていない。つまり健康寿命を1歳延ばすのに、男性で約6.7年、女性で約7.7年もかかるのだ。
しかも少子高齢社会と経済の低迷が続くなかで、わが国の財政が逼迫ひっぱくし、2006年の医療制度改革以来、ここにきて毎年のように医療制度、介護制度の見直しが行われていることはご存知だろうか? 団塊の世代がまさに塊となって”後期高齢者(75歳以上)”に向かっている現在、国は36万床の療養病床数を段階的に18万床に半減させる案を打ち出し、実際に削減が進行中だ。超高齢社会が進行するなかで、逆に療養病床が削減されていたのである。
療養病床とは主に寝たきりの患者を対象とする。これに対して一般病床は、治療を必要とする急患が主な対象となる。2006年の医療制度改革で、かつての介護病床はすでに廃止されている。現状では日本人の約87%は病院で亡くなっているが、「自宅で天寿を全うしてください」ということに違いない。もちろん内情は、”自宅介護”と”自宅療養病床”化のススメである。