「温泉を、極める!」 第23回 銭湯と湯女、風呂は寺湯が起源

兵庫・有馬温泉に始まる温泉地の湯女

 江戸時代の式亭三馬の名作『浮世風呂』の舞台となる風呂は、蒸し風呂でした。そこに湯客の接待を生業(なりわい)としている「湯女(ゆな)」が登場します。湯女を抱える銭湯を湯女風呂といい、各温泉地の湯女は、参勤交代のため江戸と領地(国)を往来する諸大名の家臣や商人たちを相手に接客をしました。そうした温泉地の湯女の起こりは兵庫の有馬温泉だといわれています。
 有馬は奈良時代から続く名湯でしたが、鎌倉時代に大和吉野の僧、仁西上人が再興したことで、ますます諸国に名を馳せます。仁西上人は、有馬に薬師如来を守る十二神将の像を作り、十二の坊舎(宿舎)を設けて、それぞれ2人ずつ湯客の世話をする女性を置いたのです。
 それが大湯女と小湯女。坊舎から外湯(共同湯)へと客を案内し、入浴時間を管理するのが小湯女の仕事ならば、大湯女は公家の相手をしたり大名と囲碁をしたり、あるいは和歌を詠み、今様を謡ったように、相当の教養を必要とする役回りでした。どうやら、後に江戸の湯女風呂で働いていた女性たちとは、格式がまったく違う別の存在だったといってもよさそうです。

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