温泉でストレスを発散し、元気になれた時代
もうずいぶん前のことになるが、総理府が1985年に行った健康に関する国民の意識調査で、「疲労感を認める人」は66%いるが、そのうち72%は「一晩の睡眠で疲労感は回復する」と回答していた。

昭和60(1985)年といえば日本が戦後の高度経済成長で飛躍的に発展した後、バブル経済の直前であった。猛烈に忙しかった頃だ。疲労感はあるももの、大多数は睡眠によって回復する健康的な生活であったことが分かる。現在のような”病院依存症候群(私の造語)”には未だなく、湯治の習わしがまだ残っていた時代で、温泉でストレスを発散させ、元気になれた時代だ。したがって6か月以上にわたって疲労が続く”慢性疲労症候群”はほとんどなかったと思われる。このような医学用語も無かった。
ところが平成16(2004)年に文部科学省の疲労研究班が行った疫学調査では、「何らかの疲労感を自覚している人」が56%いて、そのうちの半数を超える人、全体では39%が”慢性疲労”に悩んでいるということが明らかになった。4年余続いたバブル景気が終わって13年ほど、その後の日本経済は袋小路に入ったままで現在に至っている。
3,000万人を超える人々が悩む“慢性疲労“
先ほどの39%が6か月以上の”慢性疲労症候群”に陥っているという数字は、日本の生産年齢人口のうち3,000万人を超える人々がいつ解放されるとも知れない”慢性疲労”に悩んでいるということだ。大人だけではなく、小・中学生の間にも”慢性疲労”が徐々に広がっているとの報告も併せてあった。
最近の調査では、養命酒製造が平成29(2017)年に発表した「東京で働くビジネスパーソンの疲れの実態に関する調査」がある。その調査結果によると、東京勤めの男性の70%、丸の内で勤めるOLの80%近くが「慢性的に疲労を感じている」と答えている。
「失われた20年」いや、今や「失われた30年」とも言われる日本経済の低迷期の中で、ビジネスパーソンはますます疲弊する一方の様子が、先の養命酒製造の数字に如実に反映されている。その最悪の結末である”KAROSHI(過労死)”は英語圏でそのまま使われ、オックスフォード英語辞典にも掲載されているほどだ。
”ビジネスパーソン総慢性疲労症候群”の昨今、都会の人々は遠くに出かけない、出かけられないため、地方の温泉地の衰退は著しい。ここ数年、それをかろうじて補っていたのが、最近和製英語と化した”インバウンド(訪日外国人客)”である。ただそれも有名温泉地にほぼ限定されている。
”活性酸素“が脳内で神経細胞を攻撃する
一方で、大都市圏の温泉施設が増加の一途をたどり、東京23区の温泉施設の密度が全国一になっている理由は都会のビジネスパーソンの疲労感と密接な相関関係があることがお分かりだろう。

ところで、現在でも疲労の原因物質は”乳酸”だと思い込んでいる日本人はずいぶん多い。近年の研究でそれは誤りとされ、「脳の疲労」が原因で、筋肉や眼などの”疲労感”をもたらすことが判明している。その元凶は脳内で神経細胞を攻撃している”活性酸素”である。
まず疲労の原因を正しく認識することが、”慢性疲労症候群”に至らないうちに疲労感をとるうえで大切となる。
私たちはストレスのかかる仕事やスポーツなど、何らかの活動を行ううえで必要とするエネルギーを生み出す過程で、「細胞を酸化する」活性酸素と呼ばれる毒性の強い物質が体内で発生する。
体内で過剰に活性酸素が発生することで、”酸化ストレス”状態に陥ると、酸化した細胞では栄養の吸収と老廃物の排出がスムーズに機能しなくなり、やがて死滅したり、がん細胞に変性することが多い。そのため体内ではそれを阻止しようと、酸化した細胞の老廃物をきっかけに”疲労物質(特殊なタンパク質)”が分泌され、脳に「疲労している」ことを伝えるシグナルを発する。
一方で、疲労物質が分泌されると、体内で疲労回復を促す”疲労回復物質”も分泌される。これは疲労物質を抑えるとともに、活性酸素で傷つけられた細胞を修復する機能を併せ持つ。したがって、疲労物質が過剰にならないうちに対処できれば、疲労は回復できる仕組みになっている。