コロナ禍にオープンする温浴施設の「勝算」
新型コロナウイルスの感染が一向に収まる気配を見せないなか、東京郊外の町田市によみうりランドの日帰り温浴施設「多摩境天然温泉 森乃彩」がオープンするというニュースがネットに出ていた。あえてコロナ禍の中でオープンに踏み切ったということは、「勝算あり」と見込んだからにちがいない。
実際、コロナ禍のストレスの中で、「温泉で癒やされたい」という人々が若者を中心に非常に多い。私がよく行く札幌市郊外の日帰り入浴施設「豊平峡温泉」などは、コロナ禍によって5月のゴールデンウィークは散々だったが、営業が正常化した夏以降、順調そのもので、O社長曰く「今年の7月、8月は前年よりも増えた」とご機嫌だった。
昨年は訪日外国人客もかなりいたが、今年はほぼ日本人だけだ。しかもこれまでなら、真夏の入浴客は減少する。ましてや今年の札幌は7、8月は例年になく暑かった。にもかかわらず増加したということは、「近場でのストレス解消には温泉が一番」と考える人たちが多いからに相違ない。日本人しかいないことの心地よさ、安心感を実感している人たちが徐々に増えていることも追い風となっているようだ。
10平方キロ当たりの温浴施設数全国一の東京23区
先ほどの町田の温泉施設オープンのように過去十数年、三大都市圏に於ける温浴施設のオープンが相次いでいる。特に首都圏では15年ほど前から顕著になり始め、実は東京23区は、10平方キロ当たりの日帰り温浴施設数が全国一なのである。東京都で見ても全国4位にランクされているから、関東周辺の温泉地、群馬県、栃木県、新潟県、あるいは南東北の福島県などが苦戦を続ける原因ともなっている。特に栃木県の凋落は著しい。明らかに千葉県や埼玉県の新興温泉の影響をもろに受けている。
私は20年以上前から講演などに際して、「地方ほど”ホンモノの温泉”を提供しなければ、施設や利便性では大都市圏の温泉に敵わなくなる」と警告していたが、最近ではその危惧が現実のものとなってしまった。
三大都市圏に温浴施設が増加の一途であるということは、取りも直さず、それだけ需要がある、ニーズがあるということだ。給与の割には労働環境が厳しくなり、大都市圏のビジネスパーソンは余暇を自然環境に恵まれた地方で過ごす余裕がなくなっている。本当はLCC(格安航空)の出現により、従来の半値以下の航空運賃で遠出できる時代が到来しているのだが、過去10年以上にわたって、日本人の動きは年々鈍くなってきている。それを補ってきたのが、インバウンド(訪日外国人)ブームだったのである。
“温泉の質”を求めて戦う首都圏の温泉

首都圏の温浴ブームのなかで目立っているのは、温泉のなかった埼玉県に日帰り温泉施設、千葉県に温泉付きの宿泊施設が急増したことだろう。”首都圏の温泉”といっても、バカにするわけにもいかない。なかには湯量に恵まれ源泉かけ流しの温泉施設も出始めているからだ。大阪でも然り。つまり過当競争の中で生き残るために”都市の温泉”では、”温泉の質”を求める戦いが始まったのである。これは都市の利用者には有り難いことにちがいない。
三大都市圏に代表される都市の温泉ブームは、即ち”健康志向”の高まりでもある。労働環境が厳しさを増していても、科学が発展しても、働く人々の肉体や精神が強靱になったわけでも、健康になったわけでもない。むしろその逆だろう。だから知らず知らずのうちに、気づいたら都市の人々は近場の温泉施設に向かっていたということなのだ。
であるなら、利用者としてはその施設がどれだけ有効か、つまり健康度を高めてくれるか否か、という視点からの選別が必要になるのは必然に違いない。「無駄な銭失いはしたくない」と考えるのは誰しも同じだろう。
疾病に至る前の“予防医学“としての温泉利用
「ストレスは万病の元」であると言うのは正しい。だから若い人たちの感性は本能的にコロナ禍のなかでも、温泉を求めるのである。
私の住む札幌にも豊平峡温泉を始めいくつか、田舎のホンモノの温泉に匹敵するか、それを凌ぐ温泉がある。首都圏とは違い幸い札幌は人口200万人を擁しながらも、まだ格段に環境に恵まれ自然度が高いからだ。このような地方都市が全国に散在するのは日本の隠れた魅力に相違ない。
今や温泉旅館の予約は70歳前後でもネットで行うのが一般的である。それだけスマホを使うのが常識の時代となった。ましてや会社の業務でPCやタブレットの画面を一日中見るのも日常的で、かつての肩こりから首こり、腰痛のビジネスパーソンは常態化している。「仕方がない」では済ませられない。この国では健康も、ビジネスパーソンのスキルのうちと考えられ始めている。
PC、タブレット、スマホなどが原因と思われる眼精疲労は、目の疲れではなく、脳の疲労、活性酸素が原因であることを考えると、ストレスを解消することは具体的な疾病に陥る前の”予防医学”としての温泉利用を考えるうえで、大切になる。活性酸素を除去する温泉、抗酸化力を高めることのできる温泉を求めたい。
これに加えて、活性酸素は肌の敵だから、特に女性なら美肌効果を高められる温泉選びが”都会の温泉”で日常的に出来れば最高のパフォーマンスとなるに違いない。
都市の温泉施設が生き残りをかけて湯質アップを競い始めたように、私たち利用者もそのことに気付き、レベルの高い、コストパフォーマンスに優れた温泉を選ぶことが”賢いビジネスパーソン”というものだろう。