”温泉教授”の毎日が温泉 第68回 昼間でも氷点下の支笏湖畔で浸かった丸駒の天然の湯に、全身の細胞が覚醒した(上)

コロナ禍のなか、温泉で見かける若い世代

 正月三が日に初湯というのが温泉街に生まれ育った私のこれまでの習わしだったが、今年はコロナ禍のために控えて、初湯は5日までずれ込んだ。
 令和3年の初湯は札幌市南区の豊平峡温泉。過去の日程表を見返すと、豊平峡温泉を初湯に選んだのは平成24(2012)年以来9年振りであった。
 この原稿を書いている1月20日現在、年明けから温泉には6回出かけている。平年よりもかなり控えめである。
 今年はまだ仕事としての温泉取材に出ていないが、例年になくどこの温泉でも見かけるのは若い人たちの姿だ。先が見通せないコロナ禍のなかで、日本人のストレスを癒やしてくれるのはやはり温泉なのか、ということを改めて実感している。年齢を問わないようだ。
 特に冷え込みの激しい今年の日本列島、身も心も温めてくれるのは温泉なのである。質の良い温泉はウイルスを水際で防ぐマクロファージやNK(ナチュラルキラー)細胞などに代表される”自然免疫”の活性を促してもくれる。

北海道でも凍結しない支笏湖の底力

 北海道の玄関口、新千歳空港のある千歳市の最深部、支笏湖畔に湧く丸駒温泉へ行ってきた。札幌からマイカーを運転して丸駒温泉へ行くのはこの季節、若い人でもないかぎり相当に勇気が必要なので、真冬の丸駒は何年ぶりなのかはっきりと思い出せない。急カーブと勾配のきついアップダウンの峠道の連続で、しかも日当たりが悪いので、国道とはいえ全面アイスバーン状態の道が延々と続く。遠回りして千歳市街地経由で行くとかなり運転は楽に違いない。
 支笏湖畔に至る山道は昼間にもかかわらず-7度という厳しい寒さだった。ところが湖畔に近づくにつれ気温は上がり、-1度で、正直ほっとした。曇天で日差しがある訳ではなかったが、支笏湖は”日本最北の不凍湖”と言われている。すぐ近くの洞爺湖とともに北海道でも凍結することのない珍しい湖なのだ。
 水深が深いことと湖面が広く開けているせいだと思われる。事実、支笏湖の最大水深は360メ-トル、平均でも265メ-トルと深い。周囲も約40キロあり、大きな湖だ。1月の支笏湖の湖面の水温は何度か不明だが、4、5度はあるのかも知れない。
 丸駒温泉から札幌へ戻る際に分かったのだが、湖畔から直線距離にしてわずか300~400メートル山側に分け入っただけで、たちまち-4度に下がるほど、支笏湖の水は温かいようだ。凍結した湖上でワカサギ釣りをする道東の阿寒湖畔の厳しい寒さを知っているだけに、北海道の凍らない湖の底力に妙に感動したものである。

北海道ならではの贅沢すぎる湯浴み

 丸駒温泉は一昨年の10月、海外から帰国し、空港から自宅へ帰る途中、長旅の疲れを癒やすために立ち寄って以来のこと。ふだんは東京などから出版社の編集者らが打ち合わせに来た際に空港まで見送りがてら、丸駒温泉に寄り道をして共に入浴することがほとんどである。
 昨年はコロナ禍で、もちろん海外に行けなかったし、編集者がわざわざ東京から打ち合わせに来ることもなかった。ここ30年で初めて丸駒の湯に浸からなかったことを思い出し、それを埋め合わせるかのようにこの歳にしては危険な路面状況を顧みることなく、支笏湖の南岸にかすかに噴煙を上げる恵庭岳の麓の一軒宿の温泉へ向かったのだった。

丸駒温泉の大浴場。写真の主浴槽の他に2つ浴槽がある。大浴場からもワイドなガラス越しに支笏湖と対岸に山並みを望む(撮影:松田忠徳)

 期待していた青空ではなかったものの、湖面は春先のようなべたなぎで、年末以来の厳しい寒さを忘れさせてくれるような穏やかな昼下がりの温泉浴を楽しんだ。何万回入っても、やはり温泉浴は最高だ。飽きがこないのがさらによい。
 隣の女性風呂から時々、若い人たちの笑い声が聞こえてくるが、男性風呂は20代の2人組と50代の1人だけで、昼間からのんびりした贅沢すぎる湯浴みだ。なにせ内風呂に浴槽が大小3つ、すぐ外に大きな展望露天風呂、脱衣場から地下道をくぐるとこれまた大きな天然露天風呂まであるので、私も含めて4人ではまるで貸し切り風呂のようなのだ。夕方になると宿泊客で賑わうのかも知れないが、源泉100%かけ流しの湯をふんだんに浴す贅沢は、全国一温泉の多い北海道ならではのことだろう。

温泉の最大の魅力は自然と一体になれること

 丸駒温泉の大浴場は洗い場がブースで仕切られており、使い勝手がよい。サウナもあるが、源泉かけ流しの豊富な湯量の活きた生源泉が堪能できるので、一級の湯質の丸駒に来てまであえてサウナに入る客は滅多に見かけたことはない。内風呂3か所の湯温はそれぞれ異なり、しかも主浴槽は広いので、湯口付近と湯尻の温度差は2度余はあるため、あえてサウナをつかわなくても体に対する刺激効果は十分なのだ。
 そのうえ厳寒期の今の季節なら、内風呂の二重ドアを開けると支笏湖が間近で、外に出るだけで体は冷え、強い刺激を受ける。その直後に露天風呂に入るとまさしく極楽気分で、この温度差が特に若い人にはたまらない魅力に違いない。

大浴場のすぐ外の展望露天風呂。間近に真冬でも結氷しない”北限の不凍湖”支笏湖の雄大な景観を一望する。傍らに飲泉場もある(撮影:松田忠徳)

 展望露天風呂からは、湖越しに活火山、樽前山と風不死岳(ふっぷしだけ)、多峰古峰山(たっぷこっぷさん)などを一望することができる。私は特にあかね色に染まった風不死岳と多峰古峰山のメルヘンチックな輪郭が好きだ。 
 露天風呂の湯はかなり熱めなのだが、冬場は外気温が氷点下のことが多いので、支笏湖の雄大な自然を眺めながら長湯できる。ストレスの溜まるコロナ禍の中、若い人たちが温泉を求めるのは正常な感性というものだろう。
 私は風呂は内風呂派だが、若い頃からの生粋のアウトドア、自然派で、かつては探鳥ガイド本を書いたり、動物や自然の本を書くナチュラリストでもあったから、丸駒のようなホンモノの大自然の真っ只中の温泉に来ると、つい露天風呂に浸かる頻度が多くなるのはそれこそ自然の流れというものか。私にとっての温泉の最大の魅力は自然と一体になれることに他ならない。

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