4.温熱効果によって活性化するHSP(ヒートショックプロティン)
高温浴で幸福を得る日本人の健康法
(1)温泉浴で得られるHSPという”抗ストレスタンパク質”
日本人は温泉に浸かると幸せな気持ちになれる。なぜなのか? それはとどのつまり温かいからに違いない。
TVなどの映像で、水着を着けてプールのような大きな温泉施設に浸かる西欧人の入浴シーンが映し出されることがある。湯温は32~33度ぐらい。”不感温度”といい、このくらいの温度は彼らには熱さも冷たさも感じないという。日本人の不感温度はもう少し上だが、かといって体温程度の36~37度で幸せ気分に浸れる日本人はそう多くはないだろう。
昨今は日本人の低体温化から、温泉の入浴温度は40~42度ぐらいが多いようだが、つい半世紀前までは低くても42~43度がスタンダードだった。現在でも海辺の人々は高温浴が好きで、45度前後の湯に恍惚状態で浸かっている光景によく出会う。
日本人は世界でも稀な高温浴を好む民族である。体温が37度だとしても、たとえ41度であっても肉体的には結構なストレスを感じているはずだが、数百年、あるいはもっと前から高温浴を習わしとしてきたため、むしろ悦楽の境地にある。これを”温泉気分”とも称してきた。このように肉体的にはストレスを受けながら、精神的には極めて気持ちの良い恍惚とした状態に満足している、喜びを感じている。幸福であることは免疫力を高めることにつながるから、日本人の健康法は温泉に代表される入浴にあった。
熱というストレスが生み出すタンパク
現代のスタンダードでは非科学的とも思われがちな日本人の健康法には、じつは極めて科学な裏付けがあった。HSP(Heat Shock Protein)の存在である。「熱(ヒート)」という「ストレス(ショック)」を与えると増加する「タンパク質(プロテイン)」―。1962年にイタリアの遺伝学者フェルチョ・リトッサ博士によって発見されたタンパク質だ。
ショウジョウバエの幼虫を飼育していて、温度を37度から急に50度に加温したところ、産生が増えたタンパク質を発見したことがきっかけであった。温度変化は生物にとって大変なストレスになることはよく知られているが、高温泉に肩までどっぷりと浸かる習慣をもつ温泉好きの日本人には嬉しい発見である。
私たちの体は約37兆個の細胞から成り立っているといわれる。細胞は水分を除くとほとんどがタンパクで構成されている。細胞は酸化ストレスによって傷つく。その原因はタンパク質の立体構造が崩れる変性にある。そのままでは細胞内のDNAががん化するなどの重篤な疾病に陥るが、HSPにはこうした細胞の変性を修復したり、防ぐ能力があることが解明されている。
HSPは熱などのストレスを受けたときに増えるタンパクで、その抗ストレス作用から”抗ストレスタンパク質”とも呼ばれる。しかも、タンパク質の変性がひどく修復できない場合は、その異常なタンパク質をアミノ酸に分解する。初冬に枯れ葉が落ちるように、アポトーシス(自死)へと導くことで傷害が残らないように働く賢い”タンパク”なのである。
経験温泉学によって病気の治療などを実践
私たちの先人たちはかつて経験則にのっとって(これを私は”経験温泉学”と呼んで来た)、温泉を病気の治癒や健康増進、美容などに活用してきた。”予防医学”の考え方が求められる現在、医科学的に実証されたHSPという生体防護反応を積極的に活用することが”健康寿命”の延伸につながる。
ふだんから高温浴による弱いストレスを受けながら、一方で細胞内のHSPが増加し、細胞がストレスに強くなる。そうすると後に相当に強いストレスを受けても、細胞が変性したり傷ついたりすることなく生き残ることができ、組織や個体が生き残るという頼もしいタンパクなのだ。華奢な肉体の日本人がここまで頑張ってこられたのは、温泉、入浴と密接な関係にあったからだと改めて思わざるを得ない。

HSPを強化する温泉の含有成分・抗酸化力
(2)日本人女性の美肌も42度の入浴から
温泉に浸かり舌下温度が38度以上、できれば38.3度以上に上昇できれば、効果的にHSPを強化できることが、伊藤要子博士の検証により確認されている。伊藤博士によると、風呂から上がった後の保温をいかに持続させるかがポイントのようだ。その点でも温泉は含有成分、抗酸化力があるから、家庭風呂と比べ、早く38度以上に上昇させることができるだけでなく、浴後の保温持続力も抜群であることは誰しもが経験していることだ。ちなみに家庭風呂では、ふつう湯上がり後10分程で入浴前の体温に下がる。

また高温の温泉浴は日本の女性の美容にも役立っていたことが、慶応大学水島徹元教授のマウスの実験により明らかになっている。紫外線を当てる前に42度の温水に浸けてHSPを増やしたマウスは、肌にシワができなかったのに対して、37度の温水に浸からせたマウスでははっきりとシワができた。つまり血流量の増加、体温の上昇によって、HSPを増やしたマウスはシワの予防に成功したのである。これはHSP70と呼ばれるタンパクである。
シャワー化による入浴離れが美容力の低下を招く?
日本人も、現在のように化粧品ではなく、かつては湯治によって肌のシミ、シワの防止を行っていた。今でも温泉旅館の女将や温泉地の女性たちを見ると、素肌の輝きやきめの細やかさを確認できる。
現在までに伊藤博士らによって、HSPの予防医学的な効果として確認されている主なものをあげておこう。
・HSPが増加すると血糖値が低下する
・うつ病になるとHSPが低下する
・リンパ球が増加し、NK細胞などの免疫細胞が活性化する
・抗原提示能(免疫反応を起こす細胞の能力)が10倍以上に上昇
・マクロファージが活性化し、細菌やウイルスを攻撃する
・炎症を抑える
・乳酸の産生が遅れるため、疲れにくくなる
・中性脂肪の減少
・メラニンの産生や炎症を抑え、シミ、シワの減少
・コラーゲンを増やし、分解を抑える
・メタボ、夏ばて、風邪の予防
・老化の予防、等々
このように昔からの高温浴の習慣は、日本人の健康や美容の頼もしい下支えとなってきたことがわかる。食生活のアメリカ化だけでなく、シャワー化による入浴離れが進むなかで、日本人の生命力、美容力の低下を招いてきたといえるのかもしれない。