湯口図鑑 第2回 雌阿寒(野中)温泉「野中温泉 別館」(北海道)

湯治客で絶えなかった、野中温泉の湯力 

 コバルトブルーの幻想的な水をたたえたオンネトーは、”北海道三大秘湖”のひとつ。オンネトーの玄関口に濃い硫黄臭を漂わせる通称野中温泉は、雌阿寒岳の西南山麓のアカエゾマツの純林帯に湧く。
 野中の湯との付き合いは40年以上になるが、その間変わったことといえば湯温が少し上がったことと、先代の手造り露天風呂がふえたことか。活火山・雌阿寒岳の最近の火山活動で湯温が上昇したのである。厳寒の地なので、かつては冬場の入浴には湯温がやや物足りないこともあっただけに、地元の人たちには好都合かもしれない。と言っても、地表の湧出口で43.2度である。浴槽で42度程度だから、適温といえる。
 かつてはややぬるかったとは言え、湯力があり、市街地の足寄から50キロも離れていたが、湯治客で絶えたことはなかった。ここ10年ほど毎年2回は化学的に野中の湯の検証を行っているが、”抗酸化力”でこの湯に対抗できる湯を日本で探すことは適わないというのが正直なところである。

釘をも溶かす、強酸性泉の稀有な抗酸化力

(撮影:松田忠徳)

 野中の湯は強い酸性泉のためクギを溶かしてしまう。そのため浴槽はもちろん、天井、板壁、床板とクギ一本使わない総エゾマツ造りの浴場なのである。
 浴槽は入浴者が手足を伸ばして、4、5人程度入れる広さだが、湯口からは不釣り合いとも思える大量の湯が出てきて、かけ流されている。まるで洪水のようなのだ。「もったいない」とも思うが、自然湧出、即ちまったくの自然に湧き出た湯がかけ流されている訳で、枯渇する心配はないだろう。なにせ毎分310リットルも自然湧出しているのだから羨ましいかぎりだ。
 たとえ源泉かけ流しであろうとも、その多くは湯口から出た湯がもっとも離れた湯尻から浴槽の外に流れる間に、化学的に温泉の”鮮度”は4分の1から5分の1に落ちることを、私は全国の温泉で確認してきた。
 だが、野中の湯は希有な抗酸化力を有しているうえに、浴槽の大きさに比べ湯量が豊富なため、化学的に鮮度は2、3%程度しか落ちない。奇跡的な湯である。見事な浴槽の設計である。ここの2代目経営者だった故野中正造さんが世界最高齢の男性としてギネスに登録されたのも頷ける。ご家族と共に宿で生活し、就寝中に大往生された。2019年1月、享年113歳であった。

こころの襞に染み入るのを感じる湯

 湯口のエゾマツの樋にこびりついた硫黄が、野中の湯の力強さを余すことなく表現しているではないか。
 窓の外の東屋は女性用露天風呂。男性用は屋根のない岩風呂である。露天風呂は3代目の手造りである。ここは早くから女性客をとくに大切にしてきた。
 強い酸性泉だから、石けんは使えない。実際、ここにはシャワーもカランもない。おか湯の水もぬるめの温泉で、これがまた抗酸化力がある。
 野中の湯はこころの襞(ひだ)に染み入るのを感じながら、湯浴みを楽しむだけで十分なのである。北海道の秘湯まで来て、頭や体を泡だらけにすることもないだろう。

(撮影:松田忠徳)

メモ
*施設:雌阿寒温泉「山の宿 野中温泉別館」 
*住所:北海道足寄郡足寄町茂足寄159
*電話:0156・29・7454
*温泉:含硫黄-カルシウム・マグネシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉

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