湯口図鑑 第3回 奥塩原新湯温泉「やまの宿 下藤屋」(栃木県)

〝漲る湯力〟を感じさせてくれる箱の湯口 

(撮影:松田忠徳)

 檜造りの大浴槽に箱の湯口からわずかな湯が注ぐ。濃い湯気から、湯口から出る湯がいかに高温かがうかがえそうである。事実、湯元で79.2度の高温泉だという。水を加えることなく適温にするため、湯口の湯量を絞りにしぼっているのだ。日本の”湯守り”の匠の技である。硫黄泉だから、もちろん殺菌効果に優れている。
 湯元は「やまの宿 下藤屋」のすぐ裏の硫黄山。爆裂火口跡から酸性硫黄泉が自然湧出し、それを引き湯している。距離が短く、しかも濃厚な成分の硫黄泉なので、容易には冷めない。
 「温泉法」で、温泉水1kg中に総硫黄2mg以上含有するものを、”硫黄泉”と定義している。ところが新湯(あらゆ)温泉の硫黄泉には55.8mgもの濃厚な硫黄が含まれており、全国でも有数の”濃い硫黄泉”なのだ。事実、いかにも”漲(みなぎ)る湯力”を感じさせてくれる魅力的な箱の湯口ではないか。

痛風による腫れが反応した濃厚な硫黄泉

 実は10年ほど前の冬のことになるが、職業病とも言える痛風の発作を起こした。それでも新聞の連載のために取材に出かけなければならず、私の住む雪の札幌から塩原温泉郷の奥深く、標高1000メートルの雪の新湯温泉に向かった。右足の親指のあたりが赤く腫れあがったため、痛みをこらえ足を引きずりながら、飛行機、新幹線、バスを乗り継いで、ようやく下藤屋にたどり着いた。何度か新湯に浸かったことがあり、痛風を抑える可能性に期待して、4泊5日の取材旅行の初日を新湯温泉の下藤屋にしたのだった。
 着いた日の夕方と夜の2度、濃厚な硫黄泉に浸かった。右足の腫れは明らかに湯に反応していた。それは札幌の定山渓温泉の私の”主治湯”のY旅館でよく経験していた反応であった。確かな手応えを感じながら、安心して熟睡した。
 翌朝、朝食前に3度目の入浴。昨日までの腫れは嘘のように引き、朝食後には取材のため共同湯「むじなの湯」に向かった。新湯には4軒の宿と3軒の共同湯がある。その内、むじなの湯へは長い階段を降りなければならない。しかも冬だから雪の階段だ。前日までなら痛風で、とてもではないが長い急傾斜の上り下りは無理だったが、就寝前の2度の入浴で、痛風の腫れは劇的に治癒していたのだ。

(撮影:松田忠徳)

昔ながらに〝効く〟、山の出湯(いでゆ) 

 濃厚な硫黄泉が効いたのだが、肌あたりが驚くほど優しいのが自然湧出泉の特徴。自然 湧出泉を私はいつも”完熟トマト”にたとえる。十分に熟成した湯なのである。事実、硫黄泉は美白効果があり、また酸性泉でもあるから、皮膚を引き締める収斂(しゅうれん)作用もある。「下藤屋」が人気なのは、”美食の宿”と言うだけではなく、”美肌の宿”でもあるからに違いない。
 私が子どものころはいまだ山の出湯(いでゆ)と言えば、硫黄泉の温泉を指していた。奧塩原新湯温泉のような、昔ながらに効く温泉が健在なのは嬉しいかぎりである。

メモ
*施設:奥塩原新湯温泉「やまの宿 下藤屋」
*住所:栃木県那須塩原市湯本塩原11
*電話:0287(31)1111
*温泉:単純酸性硫黄泉

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