温泉を、極める! 第18回 混浴の心得とは

若い女性が求める混浴と男性のマナーと

 温泉を突き詰めると混浴―。これは、露天風呂の多い温泉地が向かっているひとつの傾向です。若い20~30代の女性が自ら混浴を求めていると聞けば、中年のオジさんたちは、驚きながらも鼻の下を長くするかもしれませんね。
 あまり不思議がる必要はないのです。もともと、よく知られる秋田の玉川温泉や岩手の須川温泉などの大浴場も混浴で有名だったのですから。現在は両方とも男女別になっています。青森の湯治場、酸ヶ湯はいまだに混浴文化を守り続けていますが、ポールによる暗黙の境界線があり、「女性専用タイム」なんてものができたのはちょっと残念です。
 なぜわが国を代表する湯治の名湯、酸ヶ湯がそんなことになってしまったのか。都会から来た一部の若い男性たちが、女性が浴槽に入るところをジロジロと見てしまうからです。
 あえて男性たちを弁護するなら、女性が入ってきたことに驚いてつい視線を向けるのかもしれません。ところが、女性にしてみれば、浴槽に出入りするときに男性の目で追われるのは嫌なはずです。実際には見られていなくても、男性の熱い視線を感じてしまうのが女性なのです。
 男性のために冗談半分にアドバイスすると、数十秒だけ我慢しましょう。そうすると女性は自分と同じ浴槽に入ってくれます。今度はしっかりと目線を合わせて会話をすることです。湯のなかでは自然と会話も弾み、癒やしの効果も高まることでしょう。ちなみに混浴のマナーは団塊の世代が一番いいとの噂です(笑)。

混浴文化を支えた、ささやかな心遣い

 繰り返しますが、わが国の混浴文化の基本は「女性が浴槽に入るまで、また浴槽から出て自分の視界から消えるまで、そっぽをむいていること」。このようなささやかな心遣いこそ”温泉紳士”の決め手です。女性の気配は大方、勘でわかりますから、さりげなく反対を向いたり、目を逸らしたりしましょう。
 昔はだれでもそうしたことができたから、江戸、明治、大正、そして昭和の半ば頃まで全国津々浦々の温泉場でごくふつうに混浴が続いていたのです。北海道の洞爺湖温泉という混浴の共同浴場を揺りかご代わりに育った私は、そう信じています。実にのどかで平和な時代でした。

欧米人たちが驚いた、日本の混浴の光景

 ヨーロッパでは、はるか昔の14世紀、ルネサンス期に公衆浴場が入浴禁止になります。混浴は公序良俗(こうじょりょうぞく)に反するとされたのです。裸は性を意識させるというわけです。「公衆風呂=性的不道徳」といういびつな意味づけがなされ、キリスト教が禁じることになります。
 ですから、開国した直後の江戸時代末期に日本にやってきた欧米人たちは、日本の混浴の光景を目の当たりにしてひどく驚いたわけですが、表層だけ見てこれを野蛮と断罪するのはおかしい。
 いくら女性の権利が低い時代といっても、女性はもし何らかの危険を感じるなら混浴には行かなかったでしょうし、別の防御策を講じたはずです。事実、欧米人のなかには混浴の日本人を見て、その整然とした入浴マナーの良さに感動したという報告もあります。

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