これぞ、日本の湯宿 第1回 人吉温泉「人吉旅館」(熊本県人吉市) 正統派の数寄屋造りと〝日本人らしい〟女将の宿

”九州の小京都”の風情と公衆浴場と

 人吉ほど、ダイヤモンドの原石のような魅力がぎっしりと詰まった温泉地はそうないだろう。
 相良氏二万二千石の城下町、人吉は”九州の小京都”と形容されることが多い。確かに藩政時代をしのばせる町並みや風情がそこかしこに感じられる。
 実は人吉は市内に50カ所以上の泉源を有する湯の町でもある。私がかねがね人吉にぞっこんなのは、15軒前後もある民営の公衆浴場の存在が大きい。
 そのひとつ、白壁に大きな入り母屋風の屋根瓦をのせた「人吉温泉元湯」は、相良氏700年の歴史が息づく人吉城跡の敷地内に湧く。
 古くから”薬湯”として評判の湯だけに、48度の源泉に水を加えることなく適温にし、かけ流す。かすかに硫黄臭のするやわらかな湯に肩までどっぷりと浸かっているうちに、ついまどろんでしまった。かつての城下町には実にぜいたくな時が漂っているようだ。

正統派の純和風を残す大人の湯宿

老舗「人吉旅館」の入り口(撮影:松田忠徳)
磨きこまれた廊下が「人吉旅館」の魅力(撮影:松田忠徳)

 人吉の歴史を偲ばせる名宿がある。”日本三大急流”の一つ球磨川(くまがわ)の河岸に立つ「人吉旅館」である。
 九州は温泉が多く、当然、宿の数もそれだけ多いわけだが、純和風の湯宿といえばここ人吉旅館の他に、1、2軒しか思い浮かばない。それだけに平成24(2012)年に「国登録有形文化財」の宿に登録された時は、我がことのように膝を打ったものである。
 宿の案内には、「華美な装飾を廃した簡素で洗練された造形美。昭和9(1934)年、鹿児島の宮大工によって建てられた人吉旅館は、昭和初期の数寄屋造りの特徴を色濃く遺し、日本の伝統と”侘び・寂(わび・さび)”の精神を今に伝えます。風情溢れる和の美意識を感じさせる空間でくつろぎのひとときをお過ごしください」とある。
 鉄筋コンクリートの要塞の中の和風、あるいは”和モダン”と称した、木造と紙を基本に和風を演出する「デザイナーズ旅館」が席巻している中で、正統派の純和風にこだわる人吉旅館のような湯宿は、現在では全国的にも希有な存在だ。
 磨き込まれた檜板の長い回廊を渡り、球磨川の清流を望む2階の一番奥の部屋に案内された。高い天井の数寄屋造りの落ち着いた客間で、思わず笑みがこぼれる。サッシではない木製の格子窓の湯宿は全国にどれだけ遺されているだろうか? これぞ、大人の湯宿である。本物だけが醸し出す癒やしのパワーを感じた。
 日本人ですら錯覚してしまいかねない”似非(えせ)”和風建築、日本旅館と似て非なる”無国籍化”した温泉旅館が席巻する九州において、「人吉旅館の存在は救いである」というのが、私のかねてからの感想であった。それだけに正統派の日本の温泉旅館を遺さなければならない。もちろん現役のままで。

珍しい深湯のベンチでしばしまどろむ

源泉かけ流しの美肌の湯があふれる(撮影:松田忠徳)
粋な「涼み処」(撮影:松田忠徳)

 人吉温泉ではほとんどの施設が”源泉かけ流し”の湯を提供している。とりわけ本物の中のホンモノにこだわる人吉旅館は、温泉の湯質にもこだわり、とろみ感のある重曹泉(ナトリウム-炭酸水素・塩化物泉)は自慢で、もちろん源泉100%かけ流しだ。重曹泉は古い角質を落とし、肌に潤いを与える美人の湯として女性に人気の泉質である。
 確かに湯口下での酸化還元電位(ORP)は-205mV(pH7.80、44.5度)と、非常に還元力に優れている。実感だけではなく科学的にも、皮膚細胞のさびを除去する能力に優れていることを示唆している。しかも浴槽全体でORPはマイナスを維持しているので、抗酸化作用があり、美肌の湯というだけでなく、体内の活性酸素をも除去してくれる。
 内風呂は深さが80センチもある深湯と大きな岩風呂のふたつ。時間で男女湯が入れ替わる。珍しい深湯は立ち湯をすると、下半身に水圧がかかり脚にうっせきした血行が改善されむくみが取れる。浴槽内に座り心地のよい木製のベンチがあって、しばしまどろんでしまった。
 湯上がりには粋な「涼み処」があって、昭和初期のレトロな雰囲気の中で、湯浴みの余韻を楽しむ。

人吉、球磨の食材と料理長のこだわり

"幻のきのこ"たもぎ茸(撮影:松田忠徳)
球磨川産のアユの塩焼き(撮影:松田忠徳)

 食事は熊本県の豊かな自然が育んだ四季折々の恵みにこだわる。特に地元、人吉、球磨の食材は出色。たとえば黄色いたもぎ茸。”幻のきのこ”といわれるたもぎ茸は、汁物との相性が良く、いいダシが出るので鍋に使われていた。確かに絶妙のダシである。
 同じ鍋に使われていた球磨産の黒豚は、通常の黒豚は6か月で仕上げるところ、9か月以上かけた最高級の黒豚だという。これくらいかけると赤身にサシが入り、やわらかく濃厚な味に仕上がるというのは仲居さんの説明。
 有名な球磨川産の鮎の塩焼き、鮎ウルカ、それに馬刺し。人吉盆地の寒暖差で糖度をました野菜、果物など地場の食材には事欠かない。ミルクプリンと野いちごのデザートにも、地場食材への調理長のこだわりを感じさせる。
 朝食は竹篭の中に彩りも鮮やかな季節の食材が詰まっていた。定番の湯豆腐が添えられて。バイキング形式で野菜サラダが好きなだけ食べられるのは健康志向の旅人には嬉しいだろう。

日本の伝統文化を伝える外国出身の女将

ロビーの一角に切られた囲炉裏(撮影:松田忠徳)
廊下から中庭を望む(撮影:松田忠徳)

 本物の日本旅館の佇まい、極上の温泉、食材の品質と地場産品にこだわった郷土料理、、、。ここまでくるとあとは女将である。
 昨今、「女将の存在が見えない日本の湯宿」がふえている中で、人吉旅館はまさしく”女将の宿”である。
 「皆さん、年季の入った建物の次に温泉を褒めてくださいます。特に仲居さんたちの対応も素晴らしい、という言葉を聞くと嬉しいですね」と語るのは、女将の堀尾里美さん。
 実は女将は韓国の出身で、人吉旅館に嫁いだのは平成12(2000)年。言葉はもちろん、作法、物腰ももはや日本人そのもの。それでも「女将は日本人のよう、日本人らしい」と言われたときが一番嬉しいという。
 「日本の伝統的な文化、女将の立ち振る舞いなどを外国人に伝える”広告塔”になりたい。着物をきて、細かなところまで気配りの出来るおもてなしをしたい。日本人らしい女将として──」
 外国の出身だからこそ、日本人には気付かない日本人らしさ、女将らしさに磨きをかけてきたのだろう。10年ぶりに再会した女将の立ち振る舞いはもちろん、仲居さんたちの接客力のレベルの高さに、この間の女将の精進振りが窺える気がした。
 日本人が忘れた、忘れかけた日本を思い出せてくれる日本の湯宿である。

平安時代建立の茅葺神社と球磨焼酎と

国宝指定の「青井阿蘇神社」(撮影:松田忠徳)
茅葺が異彩を放つ(撮影:松田忠徳)

 ”九州の小京都”といわれるだけに、かつての城下町、人吉には見どころが多い。私は人吉旅館と目と鼻の先にある国宝指定の「青井阿蘇神社」が好きだ。平安時代初期の806年に建立されたというから、1200年以上の歴史を刻んできた。周囲に異彩を放つ、珍しい茅葺の神社なのである。
 桃山様式を随所に取り入れた現存する社殿群は、約400年前に藩主、相良長毎(さがらながつね)が造営したと伝えられる。
 もうひとつ、「焼酎は人吉球磨地方の文化そのもの」との声もあるほどの「焼酎蔵」の見学も楽しい。人吉球磨地方には30か所近くの焼酎メーカーがあり、「繊月酒造」のように工場見学をさせてもらえるところも少なくない。

データ
人吉温泉「人吉旅館」
*住所  熊本県人吉市上青井町160
*電話  0966・22・3141
*アクセス JR肥薩線人吉駅下車、(車)九州自動車道人吉  ICで下りる
*1泊2食 12,700円~
*温泉 ナトリウム‐炭酸水素塩・塩化物泉
*日帰り入浴 600円、8:00~20:00受付

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました