温泉教授のニッポン秘湯漫遊 第1回 祖谷温泉(徳島県)

思わず腰が引けた、高さ14メートルの吊り橋

祖谷渓谷にかかる「祖谷のかずら橋」。水面からの高さ約14メートル(撮影:松田忠徳)

 ”日本三大秘境”のひとつといわれる、四国山地の剣山国定公園祖谷渓(いやだに)。
 平家の落人伝説でも知られるV字の深い渓谷の底には祖谷川が流れ、この地に自生するシラクチカズラで編んだ吊り橋「祖谷のかずら橋」が架けられている。長さ45メートル、幅2メートル、水面からの高さが約14メートルもある。国の重要有形民俗文化財にも登録された吊り橋だ。

土地に自生するシラクチカズラで編んだつり橋を目の当たりにして、誰しもが思わず不安に駆られる(撮影:松田忠徳)

 その昔、「源氏の追っ手が来たら、カズラを切り落とせるように架けたものだ」と、地元で言い伝えられていた。このようなカズラの橋は現在ではわずか2か所しか残されていないようだが、かつては祖谷川の各所に架けられ、村人の大切な生活路でもあったという。
 藤の花が咲き競う中、新緑のシャワーを浴びながら、歩き出した途端、橋が左右に大きく揺れ、思わず腰が引けてしまった。大きく深呼吸をし直して、橋の下の急流を見ないように、内心はせきながらも、ゆっくりした足取りでようやく45メートル先の対岸まで渡り切った。

断崖を利用した「和の宿 ホテル祖谷温泉」

険しい山岳の斜面のところどころに人家が現れ、ほっとする。果たしてこんな深い山中に温泉ホテルはあるのか(撮影:松田忠徳)

 かずら橋から少し下流の断崖絶壁にへばりつくようにして、鉄筋6階建ての一軒宿「和の宿 ホテル祖谷温泉」が建つ。平地がないため、巧みに断崖を利用して鉄筋にしたのだという。
 仲居さんに案内された露天風呂付きの部屋から、正面にそそり立つ国見山とその真下の恐ろしく深く切れ込んだ祖谷渓谷のダイナミックな景観に圧倒された。実は全国屈指の秘湯、祖谷温泉を訪れるのは4度目であったが、訪れるたびに感動に心が揺さぶられる。真の秘湯の真価は常に新たな発見があることか。
 秘湯を取り巻く環境も大きく変化していた。秘湯とはいえ、女性の姿が多くなったこと、それにも増して外国人が増えた。かつて『美しき日本の残像』の著者、アメリカ人のアレックス・カー氏が「こんな美しい風景を持つ場所は日本全国探してもない」と語っていたことを思い出した。欧米人が増えたのは彼の発信力の影響が大きい。

「和の宿 ホテル祖谷温泉」は遠くのV字の深い渓谷の斜面にへばりつくようにして現れた。正真正銘の秘湯の宿だ(撮影:松田忠徳)

地場の貴重な食材を使う国際的な秘湯の宿

秘湯ファン垂涎の渓谷の底の露天風呂へは、42度の急斜面をケーブルカーで向かう(撮影:松田忠徳)

 祖谷温泉といえば、秘湯ファン垂涎の渓谷の底の露天風呂だろう。そこへ行くには42度の急傾斜をケーブルカーで一直線に下らなければならない。高低差170メートル、祖谷渓谷のパノラマを拝みながらの5分間のアドベンチャーなのだ。しかも運転手のいないケーブルカー! 20年以上前に初めて乗ったときは、冷や汗もので、今となれば忘れられない懐かしい想い出である。

祖谷川にせり出すようにして造られた野趣あふれる露天風呂。湯質の科学的なレベルも抜群である(撮影:松田忠徳)

 祖谷川の急流にせり出すようにして造られた、大きな露天風呂の柔らかな湯の感触、山肌が迫る谷底から見上げた高く狭い空は、ここ四国の最深部に至るまでの嶮しい道のりを、一瞬のうちに帳消しにするほどの感動を与えてくれる。正真正銘の秘境の地ならではの、一級の秘湯だ。しかも源泉100%かけ流しの湯質は、同じ四国の名湯道後の湯を凌ぎ、四国随一といってもいいだろう。
 「温泉がこれほどエキサイティングとは思わなかった。硫黄の温泉と自然の凄さには驚いたよ」と、露天風呂で出合ったアメリカ人はひどく興奮気味だった。
 芭蕉の『奧の細道』の英訳本を読んだという青年と意気投合し、湯に浸かりながら、小1時間も日本の文化や温泉について話し込んでしまった。2週間の日本旅行の予定で来日したばかりとのこと。そのスタートの地が祖谷温泉というのは嬉しい。それにしても、秘湯を介して国際交流が出来ようとは夢のような時代がきたものである。

ニッポン屈指の秘境の宿とはいえ、露天風呂付の客室もある。四国山地の山肌を眺めていると、都会の喧騒の中には戻りたくなくなった(撮影:松田忠徳)
食事処でいただく秘湯の宿の朝食。あまごが旨い(撮影:松田忠徳)

 秘湯といっても、女性にも人気が高まってきただけに、料理も訪れるたびに洗練されてきた。阿波牛の他にも吉野川で育ったあまごの塩焼き、祖谷そば、祖谷こんにゃくなど、随所に地場の貴重な食材が使われているのは、さすがに国際的な秘湯の宿である。

【温泉メモ】

*和の宿 ホテル祖谷温泉

  • 住所:徳島県三好市池田町松尾字松本367-28
  • 電話:0883・75・2311
  • アクセス:JR土讃線大歩危駅から宿の送迎車で約30分(要予約)
  • 宿泊料金:1泊2食19,950円から(要確認)
  • 日帰り入浴:展望大浴場=600円。露天風呂=1,700円
  • 温泉:単純硫化水素泉、39度
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