庄助 
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創刊特別企画 編集長対談

「送客停止」の“外圧”が宿の体質を変えた

松田 大西社長が銀行を退職して、鶴雅グループの経営を継ぐために戻ってこられたのは昭和56年ですか、その頃、大手旅行会社から「この品質では送客できない」と最後通告を受けていますね。

大西 それは昭和62年ですね。アンケートによる評点が100点満点で60点を下回ると商品化できないというルールが設けられていて、その時、当宿の評点が58点でした。

松田 そういう低い点数が付いた要因は、何だったとお考えですか。

大西 当時はとにかくお客さんをたくさん入れること、常に満館にすることばかり考えていたんですね。193室に1,000名をお泊めしたこともあります。そのためには宿泊単価も問わず、今とは物価は違いますが1泊2食で4,000円台のお客さまがたくさんいました。そんななかで----悪い言葉ですが----どうしてもお客さまを「こなす」という感覚になっていたのだと思います。

松田 たとえ格安のツアーで来ても、安いからサービスや料理が悪くて仕方ない、とはならないですよね。宿代として幾ら入っているかも分からないわけですから。

大西 ですから、そういうツアーの方がむしろクレームが多くなって、それが最低の評価として現れたという。大量販売のあまり品質ということにはまったく目が向いていなかったんですね。けれども、今にして思えば、送客停止という“外圧”があったおかけで変わることができた。低価格路線ながら、売上は20億円弱はあり右肩上がりでしたから、あの厳しい評価がなければ体質を変えることは難しかったと思うんです。

松田 信頼を取り戻すことほど難しいことはない、とはよく聞きますが、そんな状態から改善を重ね、平成10年に同じ代理店が選ぶサービス優秀旅館ホテル、そして14年には92点を獲得して最優秀旅館ホテルと日本一の金字塔を打ち立てられた。その時の客室数は何室でしたか。

大西 263室ありました。現在は少し減って233室になっていますが。

松田 最低評価だった当時より70室も増えているんですね。私が常々、疑問に感じていたのは、実はこの点なんです。北海道内で見れば、決して大きな規模ではないわけですが、本州の宿で90点代を取るようなところと比べれば鶴雅は超大型ホテルです。こうした宿がなぜ、それほどの点を得られるのか。というのも、私が生まれ育った洞爺湖温泉もそうですが、北海道では大型ホテルを建て、薄利多売で集客し、春〜秋のシーズンで1年分を稼ぐという。質の高い“サービス”とはかけ離れた手法が主流だったんですね。

大西 まさに当社もその渦中にあって(笑)。ところが「最後通告」を受け、品質改革を余儀なくされた。そこで、売上の一割を目処に毎年、設備投資するというルールをつくり、浴場などの改善を進めていったのですが、一方で、お金をかけずに顧客満足を高める手法を思いついたんです。それが料理の原価改革です。

松田 原価率を変えてしまうと?

大西 結果的にはそういうことになりますが、簡単に言えば値上げ分をそのまま原価にすると。たとえば今、1万円の価格に対して原価は2,000円前後というのが一般的です。それで原価をアップさせるのに500円値上げしたとします。ところが、原価率は約20%ですから100円のアップにしかならない。そこで私が旅行代理店にお願いしたのが、2,000円上げさせてくださいと。その分で、オプション料理だった三大蟹食べ放題を付ける。これは十分に可能なんです。今まで1万円で2,000円の原価だったものが、1万2,000円にすれば4,000円の原価になる。大きな原価改革になるわけですね。

松田 まさに発想の転換ですが、2,000円の価格アップを旅行代理店に申し出た時に抵抗などありませんでしたか。

大西 この理屈を説明するとスンナリ受入れてくれました。というのは、2,000円上げることで4,000円の原価になったことが明確に見えたからなんです。この、明確に見えるということが大事で----今までの料理を基本に、新たに別料理、それも人気の蟹を付けますと。三大蟹がドーンと入った実物大のチラシを作ったんです。「そうか、これが付くのか」と理解させるために。旅行者の方にとっても、それが一番、分かりやすいんですね。

松田 確かに分かりやすいし、料理は宿にとってセールスポイントとなりますが、実際の効果はどのくらいで出はじめましたか。

大西 それまもう、すぐに(笑)。4,000円の原価があれば、他にも細かな工夫ができますし、料理の魅力をグンと上げられますからね。

松田 大西社長がこの手法を取り入れられたのは昭和60年代ですが、その間、同じようなやり方がほとんど見られなかったのは、なせだと思われますか。

大西 当時、私はこの考え方を話して大先輩に叱られたことがあるんです。旅館には旅館の原価というものがある。それを無茶苦茶にするなとね。私はもともと銀行員で、実家の旅館業に就いて間もない頃だったので、そういった業界の常識に縛られなかったとうこともありますが。ただ、その“常識”が今、大きく変わりつつありますね。

松田 本州の老舗温泉地でカラオケチェーンが展開するホテルですね。既存の宿の半値かそれ以下、7,800円くらいで泊まれる。

大西 そういう宿は、今でこそ大ブーイングを受けているような状況ですが、価格の安さを求める層が確実にいるなかで、いずれひとつの形態として定着していく可能性もあります。その中でどう生きるかが、まさにわれわれの肩に載っている懸案です。少なくとも、北海道特有の“低価格大量販売”から脱却する意識改革と、それを実現する工夫がなければ、生き残っていくのは難しいと思っています。


おおにし まさゆき  昭和30年(1955年)釧路市生まれ。東京大学経済学部卒業後、三井信託銀行を経て実家が経営する(株)阿寒グランドホテル入社。昭和64年(1989年)より代表取締役社長。平成15年(2003年)に、観光振興の功績者を認定する観光カリスマ(内閣府・野農林水産省などが認定)に選ばれる。
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