庄助 
毎日が温泉ログイン

決定版!日本百名湯

第6湯 那須温泉郷(栃木県)

 江戸後期発行の温泉番付「諸国温泉功能鑑」を見ると、東の最高位の大関に草津、関脇に那須がランクされていて興味深い。草津温泉も那須温泉も共に酸性が強く、殺菌力に優れている。つまり江戸時代には温泉力のある湯が高く評価されていたのである。
 那須温泉、現在の那須湯本は、約1300年前、猟師の射損じた白鹿が温泉で傷を癒していたところから発見された。それが共同浴場「鹿の湯」の名の由来である。
 徳川時代の前期にはすでに湯元を中心に100戸ほどの街並みが形成されていて、江戸詰めの大名がしばしば湯治に訪れた。
 元禄2(1689)年には俳聖松尾芭蕉も訪れ、鹿の湯源泉で湯浴みしている。芭蕉は『おくのほそ道』の旅で那須に2日間滞在し、「鹿の湯」の上手、佐阿弥の作といわれる謡曲「殺生石」の舞台と、今なお硫化水素ガスを噴出する殺生石を一望する温泉神社を訪れた。
 湯をむすぶ誓もおなじ石清水     ──芭蕉
 当時、那須は高温泉だったため、「那須の数え湯」といって、入浴時間は1800を数える間と決められていた。その後、草津のように湯もみ唄をうたいながら湯温を下げ、最高...
本文を全てご覧いただくには有料会員登録が必要です。
お手数ですがこちらから会員登録をしていただき、ログインをされた上でご覧下さい。

 
トップページ 通信販売法・個人情報の取り扱いについて サイトマップ お問い合わせ
Copyright(c)2011 mainichiga-onsen.com All rights reserved.
会員登録ログインログアウト会員情報編集ログアウト